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ぐるっとSTORY(2024年冬号)
最終更新日 2025年1月7日
「お仕事ステーション」では、地下鉄やバスで働く人たちを紹介しています。日常生活のなかではなかなか知る機会のない、市営交通の裏側にフォーカスした本連載。誌面に入り切らなかったインタビューをWEB限定記事としてお届けします! 今回は、滝頭営業所に所属するベイサイドブルー乗務員のAさんへのインタビューです。
せっかくなら楽しんでもらいたくて
2020年7月から運行している日本初の国産連節バス「ベイサイドブルー」。バス2台分に相当する全長約18メートルの車体が特徴で、まちゆく人たちの目線を集める。メタリックなブルーと横浜らしいカラーリングで、横浜の観光地をめぐる路線バスだ。
滝頭営業所に停車するベイサイドブルー。113人を乗せて走ることができる
Aさんは入局11年目。接客や運転技術に秀でた乗務員に与えられる「シルバーマスタードライバー」の称号をもつベテランだ。民間企業などでバス乗務員として経験を積み、2014年に横浜市交通局へ。若葉台営業所や本牧営業所での勤務を経て現在にいたる。
Aさんは子どものころから働く乗り物が好きだった。特に鉄道運転士がユニークな抑揚をつけてアナウンスする姿に憧れた。そんな子ども時代と、車の運転も好きであることから、自分に最も合う職業を選んだと言う。
インタビュー中のAさん。インタビューはベイサイドブルー車内の、ゆったりと座れるボックス席で行った
公務にあたるものとして、観光地をめぐるバスの乗務員として、Aさんはホスピタリティ精神にあふれている。そんなAさんが力を入れているのは、お客さまへのアナウンスだ。
「ベイサイドブルーは観光名所のみを周るので、赤レンガ倉庫や横浜マリンタワーなど、いろんな観光名所をお客さまにご案内します。大さん橋に客船が入港していると、私は船の名前やその航路までお話しします。お客さまは「そんなことまで知っているんだ」と驚かれますね。せっかく観光で来ている方が多くいらっしゃるので、喜んでいただければと思って。自分もそうしてもらえたら、うれしいじゃないですか」
Aさんがおすすめするスポットは、横浜駅発の下り路線で通る万国橋だ。右手側に大観覧車やランドマークタワーなど、みなとみらいらしい景色を見ることができる。それだけにとどまらず、Aさんはさらなる工夫も惜しまない。
「遊園地のアトラクションのように、鋭角のカーブで『ここ、曲がれるか心配だなあ〜』と、わざと言って笑いを取ることもあります。スイッと曲がると、拍手してくれる方や『おめでとう』と言ってくれる方もいます。土日祝の子どもが多い日は特に楽しんでもらいたいんです」
「曲がります。おつかまりください」といった通常のアナウンスはもちろん、お客さまを楽しませるアナウンスも行うAさん。朝も早めに出勤してベイサイドブルーを清掃するなど、お客さまをお迎えする準備を整える。
子どもにこの背中を見せたい
ベイサイドブルーで安全に運行するためには、当然、高い運転技術が必要とされる。1,100人近い市営バス乗務員のなかでも、ベイサイドブルー乗務員はわずか35人ほどしかいない、狭き門だ。
2022年に局内でベイサイドブルーの乗務員募集がかかり、Aさんも参加。局内試験と実技試験に合格し、その後も実技訓練を積んだ。最初はどっちにハンドルを切ればいいかも分からなかった。そんな状態から、「“兄貴”であり“尊敬する先輩”」とAさんが形容するゴールドマスタードライバーの先輩乗務員から教わりながら、運転に慣れていった。「曲がるときのブレーキとアクセルの踏み方が悪い。それではお客さまが転倒してしまう」。先輩乗務員からは厳しい言葉もあった。それでもAさんは「尊敬する先輩から教わることができて光栄だった」と、控えめな調子で当時を振り返る。
ベイサイドブルーの運転席。4つのモニターが搭載されていて、後続車や車内の確認を行う。どこを見ればいいかを覚えるのにも苦労したそうだ
Aさんに観光地をめぐるバスの募集がかかったのは初めてではない。8年ほど前、本牧営業所で働いていた頃に「あかいくつ乗務員にならないか」と声をかけられたこともあった。だが、当時は自信がなくて断ってしまった。時を経て、ベイサイドブルー乗務員へとAさんの背中を押したのは、我が子の存在だった。
「私も子どもが産まれて、このかっこいい2両編成バスを運転しているところを見せたかった。もっとスキルやレベルを上げたくて、やってみようと思ったんです」
Aさんの子どもも働く乗り物が大好きで、電車やバスの運転士には日ごろから優しくしてもらっているそうだ。だからこそ、Aさんは「同じような年頃の子やベビーカーに乗っている子を見ると楽しんでもらいたい。恩返しじゃないですけどね」と仕事のへの思いを話す。
乗務員としての幸せ
民間企業から交通局に入局したAさんは、「市民から向けられる目線が民間にいたときよりも厳しい」と感じている。それでも、「一生懸命にちゃんと仕事をしていれば『ありがとう』や『いい声していたね』と言っていただける」と仕事に手応えを感じているそうだ。なかには見知った顔のお客さまや、沿道からいつも手を振ってくれる横浜中華街のお店のスタッフなど、応援してくれるファンのような人たちがいると言う。
「乗ってくれる方、そうやって街頭から応援してくれる方がいらっしゃるのは、乗務員として幸せですね」
やりがいは「たくさんの方が乗ってくれること」。Aさんはインタビューのあいだ、「安全に喜んでもらえるのが一番」と何度か発し、お客さまのことを最優先に話す。「これからも応援してくれたらありがたい」。その高い背で、腰を低く折るのが印象的だった。
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